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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)361号 判決 1996年2月28日

原告

大島康

中川淳子

右原告ら訴訟代理人弁護士

田中絃三

右原告ら訴訟代理人弁護士

田中みどり

被告(東大和市長)

中澤重一

右訴訟代理人弁護士

伊東健次

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告は、東京都東大和市に対し、金七八七万二二九〇円及びこれに対する平成六年一二月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、東京都東大和市(以下「市」という。)の住民である原告らが、東大和市長である被告が、既に市の歌が制定されていたにもかかわらず有限会社B音楽事務所(以下「B事務所」という。)との間に新たに右とは別の市の歌を作成する旨の委託契約を締結し、右契約に基づく委託料として金七八七万二二九〇円を支出したのは予算外の不要な支出であって違法であるなどとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、被告に対し、市に右委託料相当額の損害を賠償するよう求めて提訴した事案である。

一  当事者間に争いのない事実等(なお、書証によって認定した事実については、適宜書証を掲記する。)

1  市は、昭和六〇年九月二七日の市議会において市歌の作成を求める請願が採択されたことを機に、市歌の制定に関して検討を行っていたが、平成二年一一月一三日、市民に広く愛され、親しまれる市歌を作成することを目的とした東大和市歌作成委員会(以下「作成委員会」という。)を設置した。

作成委員会は、市歌の種類別選定等を検討し、その結果を市長に報告することを所掌事務としていた。

2  平成四年七月二九日に、作成委員会は、被告に対してそれまでの検討結果をまとめた中間報告を行った。

右中間報告の要旨は、市歌は、式典や儀式等で歌われる市の歌と、各種イベント等でも歌われるイメージソングの二種類とし、いずれも市民の手作りとする、詞・曲とも市の内外から公募する、最初に詞を公募し、作成委員会による審査の結果二種類の歌につき各三作品づつを入選作品として選定した後、これに対する曲を公募し、作成委員会において最優秀曲を各一曲づつ選定する、というものであった。

3  市は、平成四年九月一日から同年一一月三〇日までの期間で詞を公募し、市の歌については一二六作品の応募があった。作成委員会は、右応募作品中から二種類の歌につき各三点を入選作品に選考して被告に報告した。

被告は、平成五年三月五日、作成委員会の選考結果に従い、入選作品各三点を決定した。(〔証拠略〕)

4  平成五年三月二三日、第一回定例市議会において、平成五年度当初予算として、(事業名)市歌制定費、(款)総務費、(項)総務管理費、(目)一般管理費、(節)委託料として四一四万一〇〇〇円を計上した予算が議決された。(〔証拠略〕)

5  市は、平成五年三月一五日から同年五月三一日までの期間で、前記入選作品に対応する曲を公募し、市の歌については三一九曲の応募があった。右公募に際し、市は、入選曲につき専門家による補作があり得ることを条件にしていた。

作成委員会は、右応募曲中から二種類の歌につき各三点を入選曲に選考したが、いずれの曲が最優秀曲に選考されたとしても、補作の必要があるとした。

6  平成五年七月一四日、作成委員会は、市に対し、補作及び編曲を依頼すべき作曲家としてA(以下「A」という。)を推薦し、被告も、作成委員会の意思を尊重することにして、同月二六日、Aに補作及び編曲を依頼することに決定した。

市は、右決定に基づいて、Aに対し、市の歌等の補作及び合唱用の編曲を依頼し、その承諾を得た。

7  平成五年七月二七日、作成委員会は、市の歌に北川賢二(以下「北川」」という。)が作詞し、猪股研介(以下「猪股」という。)が作曲した「輝る未来へ」という曲(以下「原曲」という。)を最優秀曲として選定したので、市は、直ちに原曲等の楽譜をAに渡した。

8  平成五年八月九日、Aは、作成委員会の会場に、原曲を同人が補作した曲の楽譜及びこれを録音したカセットテープを持参し、同所において、各委員に対する楽譜の配付とカセットテープの試聴が行われた。

9  平成五年八月一三日、作成委員会は、被告に対し、最優秀曲として選定した市の歌一曲及びイメージソング二曲の各作詞者名・作曲者名等を記載した最終報告書を提出した(同報告書には、右各曲の楽譜は添付されていなかった)。

同年九月一日、作成委員会は解散した。

10  平成五年九月二日、第三回定例市議会において、前記4記載の委託料につき、一五〇万円を増額補正することが議決され、議事終了後、被告は、作成委員会において市の歌等につき最優秀曲が選考されたことを報告するとともに、原曲を議員の鑑賞に供した。

11  平成五年九月六日、Aは、前記6記載の依頼に基づいて原曲を補作した成果品(以下「旧曲」という。)を市に納入し、自主的に集まった作成委員会の元委員らが、市の職員とともに旧曲を試聴した。

12  市は、平成五年九月一五日付けの「東やまと市報」に市の歌として旧曲を掲載し、被告も、同年一〇月一日、旧曲を市の歌として東大和市例規集に登載した。

また、同月一六日、市は、市の歌等の制定披露を行い、旧曲を市の歌として発表した。

13  被告は、旧曲について、猪股や前作成委員のうちの数人から原曲の補作のし過ぎである等の指摘を受けたため、平成五年一一月二六日、B(以下「B」という。)に市の歌等の監修・編曲・カセットテープ製作の企画書の作成を依頼することとし、右企画書の提出を受けて、平成六年一月二四日、B事務所に対し、市の歌等の監修・編曲・楽譜作成・カセットテープ製作を委託することを決定した。(〔証拠略〕)

14  平成六年一月二五日、被告は、二二三万二〇〇〇円を、(事業名)市歌制定費、(款)総務費、(項)総務管理費、(目)一般管理費、(節)報償費から、事業名、款、項、目を同一にする(節)委託判へ流用する手続をした。(〔証拠略〕)

15  平成六年二月一五日、被告は、市を代表して、B事務所との間で、委託目的を市の歌一曲及び市のイメージソング二曲の各監修・編曲・楽譜作成・カセットテープ二〇〇〇本の製作、契約金額を七八七万二二九〇円(消費税相当額を含む)、納入期限を同年三月二二日とする音楽制作委託契約(以下「本件委託契約」という。)を締結した。(〔証拠略〕)

16  平成六年三月二二日、B事務所は、本件委託契約に基づく成果品(以下「新曲」という。)を市に納品し、同月三一日、被告は本件委託契約に基づく委託料の支出命令(以下「本件支出命令」といい、本件委託契約と併せて「本件支出」という。)を行った。なお、納入されたカセットテープ本体には「企画・制作/東大和市」「監修/B」との記載が、右カセットテープのケースには「補作曲/A・編曲/B」との記載がされていた。(〔証拠略〕)

同年四月一五日、市は、B事務所に対し、右委託料七八七万二二九〇円を支払った。

17  平成六年九月一六日、原告らは、旧曲が正式に市の歌として制定されていたのに、被告らが新曲の作成に市の歌のテープ作成予算を使用したのは不当な公金の支出であるなどとして、被告らに対し、委託料相当額を市に対して弁済することを求める住民監査請求を行った。(〔証拠略〕)

同年一一月一四日、市監査委員は、右請求を棄却した。

二  争点

本件における争点は、被告による本件支出が違法であるか否かの点であるところ、本件支出の違法事由に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

本件支出の合理性及び必要性の有無

(一)  原告らの主張

市の歌を市民の手作りで作成するために設置された作成委員会は、応募作品の中から補作を前提として入選作品を選定し、補作を誰に依頼するかについて審議を尽くした結果、市に対してAを補作者として推薦し、平成五年九月一日には旧曲の録音されたカセットテープを試聴し、その内容を了承した上で市の歌の作成という所期の目的を達成して解散した。

よって、被告は、旧曲を市の歌とする旨の作成委員会の意思を尊重し、これをそのまま市の歌として制定する義務を負っていたものというべきであり、実際に、被告は、平成五年一〇月一日に旧曲をそのまま市の歌として制定し、東大和市例規集に「東大和市の歌」として登載したのである。

したがって、旧曲とは別の曲が市の歌として制定されることなどあり得なかったし、旧曲は作成委員の大勢や一般市民からも好感を持たれていたのであるから、被告が、旧曲は市の歌として相応しくないとの個人的な判断に基づいて内密裡に本件支出を行ったことは合理性を欠き、もはや被告が自らの私的行為に関して公金を支出したものと評価すべきであり、本件支出は違法である。

仮に、被告が新曲を市の歌として制定したのであるとしても、作成委員会は、応募作品をそのまま市の歌として採用するか、それともこれを補作するか、補作するとすればどのようにするかについてまでの実質的な決定権限を有していたのであり、反面、市の歌の作成に関する東大和市長としての被告の行政裁量権には、作成委員会を無視して市の歌を制定してはならないという制約が課されていたのであるから、被告が、旧曲を市の歌とする旨の作成委員会の意思を無視し、旧曲は市の歌として相応しくないとの個人的な判断に基づいて本件支出を行ったのは、市の歌の作成に関して被告が有していた行政裁量権を逸脱するものであって違法である。

これに対し、被告は、原曲の作曲者である猪股らが旧曲について補作のし過ぎであるなどの不満を述べていたことなどを重視した旨主張するが、旧曲の評価は作成委員会の判断事項であって、猪股らにはかかる判断をする権限も能力もなかったことは明らかであるし、被告が作成委員会から市の歌を制定し直す必要がある旨の指摘を受けたことはないから、被告の主張は失当である。

(二)  被告の主張

市は、市の歌は市民の手作りの歌にするとの作成委員会の中間報告に従い、公募によって市の歌を選考することとしたのであるから、最優秀曲として選考された歌がそのままの形で市の歌となるのが原則であるというべきであって、市の歌の作曲の応募要項に記載のとおり専門家による補作の余地があり得るにしても、ここでいう補作は、原曲の意図や原曲の作曲者の感性を最大限尊重しつつ、旋律について必要最小限度の修正を加えるものにすぎないものというべきである。

しかしながら、Aは、猪股と意見交換等を全く行うことなく補作したため、平成五年八月九日に開催された作成委員会において補作のし過ぎであるから見直すべきであるとの意見か出されるなどしたにもかかわらず、かかる意見に充分に応じないまま、同年九月六日、補作という概念で捉え得る範囲を越えて改編され過ぎた旧曲を市に納入したのである。

確かに、市は、東大和市制施行記念日等の行事予定において市の歌を発表することを優先するあまり、Aに対し、補作の再度の見直しを強く求めることなく旧曲の納入を受け入れ、被告も、一旦旧曲を市の歌に制定してしまったが、被告は、旧曲が作詞者である北川からも強く批判されていることを知り、市の歌を公募した趣旨から、公募により最優秀とされた原曲を最大限尊重すべきものと判断し、同年一一月一六日に至って市の歌を制定し直すために補作をやり直すことを決意し、そのために本件委託契約を締結したのであって、被告による本件委託契約締結行為はその理由も必要もあるから、何ら違法ではない。

これに対し、原告らは、旧曲の評価は作成委員会の判断事項であったのに、その意思を無視した被告の行為は違法である旨主張するが、作成委員会の所掌事務は市の歌等の選定についての検討であり、選定された最優秀曲の補作は同委員会の所掌事務ではないから、原告らの主張はその前提において失当である。

また、原告らは、作成委員会が平成五年九月一日に旧曲を試聴し、Aの補作内容を了承していた旨主張するが、同日作成委員会が旧曲を試聴した事実は存しないから、原告らの主張はその前提において失当である。

2 本件支出のための費目流用に係る違法性の有無

(一)  原告らの主張

被告は、新曲を収録したカセットテープのケースには「補作曲A編曲B」、カセットテープ自体には「監修/B」と各記載し、もって本件支出によって作成された新曲か旧曲を編曲したものであるとの対外的表示をし、編曲者謝礼等として計上された予算を委託料に流用して本件支出を行った。

しかしながら、監修とは、対象作品の過誤を正すこと、又はその内容の妥当性を保障することであり、編曲とは、対象曲の旋律を変更することを意味せず、補作の概念を含まないものであるところ、本件支出によって作成された新曲は、旧曲の旋律を変更してこれを改変したものであるから、監修ないし編曲したものには当たらない。

そうすると、被告は、新曲を録音しながら、これと異なる旧曲を録音した旨の虚偽の表示をしたカセットテープを作成させるために本件委託契約を締結し、右虚偽の表示が真実であるとの説明をして本件支出をさせたのであるから、本件支出は、虚偽の理由に基づく支出命令によるものであって、予算に基づかない公金支出である。

(二)  被告の主張

本件委託契約は、原曲を補作し過ぎたとの批判に基づいて行ったものであり、その目的は原曲の補作のし直しを含むものであった。また、本件支出は、(事業名)市歌制定費、(款)総務費、(項)総務管理費、(目)一般管理費、(節)委託料から支出されたものであり、支出に当たり虚偽の説明をしたこともないし、予算流用の手続は、執行科目である節相互間の流用であり、東大和市予算事務規則に適合した流用手続を経ているものであって、何ら違法ではない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件支出の必要等)について

1  まず、作成委員会の所掌事務及びその活動についてみるに、〔証拠略〕によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 市の歌等の作成は、昭和六〇年九月二七日の市議会において、市歌の作成を求める請願が採択されたことを契機にしてその検討が始められたが、市の歌の制定方法等について市議会が条例を制定したことはない。

平成二年一一月一三日から実施された東大和市歌作成委員会設置要綱によると、作成委員会は、市歌を制定するに当たって、市民に広く愛され、親しまれる市歌を作成するために設置され(一条)、作成委員会の所掌事務は、市歌の種類別選定その他市長が必要と認める事項について検討し、その結果を市長に報告することとされていた(二条)。

作成委員会は、一六名の委員で構成され、その内訳は、市議会議員六名、原告大島康(以下「原告大島」という。)を含む学識経験者六名、学校教育関係者二名及び社会教育関係者二名であった。

(二) 平成四年七月二九日付けで作成委員会が被告にした市歌作成に関する中間報告には、公募による入選作品について、専門家にその編曲を依頼し、完成品を作成委員会が審査することとされていたが、補作の依頼があり得ることについてまでは記載されていなかった。

(三) 作成委員会は三一回にわたって開催されたが、平成五年六月二九日の第二六回委員会において市の歌の入選曲が三曲に絞り込まれたころから、作成委員会では、どの曲が最優秀曲に選ばれても補作が必要であるとの意見が出されたことを契機に、補作を誰に依頼すべきか等の議論もされるようになった。作成委員の大勢は補作を必要とする意見に賛成していたが、補作を誰に依頼するかの点については、作成委員会の副会長であった原告大島がAを推したのに対し、市場文子委員(以下「市場」という。)がBらを推薦した。しかしながら、市の歌を市民手作りの歌とする趣旨などから、市内在住のAに補作を推す意見が強かったため、作成委員会は、当時市総務部事業担当副参事としで市の歌作成を担当していた小山正(以下「小山」という。)に、A以外に市内在住のどのような作曲家がいるかの調査を依頼した。

小山は、調査によっても市内在住の作曲家を見つけることができなかったのでその旨作成委員会に報告したところ、作成委員会は、補作をAに依頼する意向をまとめた。

小山は、事務処理の円滑な遂行の必要性などから、作成委員会の意見を尊重することにし、市の歌等の補作及び編曲をAに依頼してよいかどうかを回議するための起案文書を作成し、その旨被告の決裁を得た。なお、右起案文書には、別紙としてAの選定理由が付されており、手作りの歌とする趣旨や市の風土を理解していることなどから市内在住の作曲家の方が好ましい旨の記載があったが、Aへの依頼が作成委員会の意向である旨の記載はなかった。

(四) 平成五年九月一日、最後の作成委員会が開催され、市歌の作成についての最終報告を被告に提出したことなどの報告が行われたが、旧曲の楽譜やカセットテープの完成品はまだAから市に提出されていなかったので、作成委員の中から、Aの補作曲をみた上で解散すべき旨の意見も出された。しかしながら、小山は、既に作成委員会の所掌事務は終了したので、作成委員会は解散する旨を述べた。

(五) 作成委員会か被告に提出した東大和市歌の作成についての最終報告書には、市の歌等の選定経過並びに入選曲の題名、作詞者及び作曲者等が記載されているか、補作の依頼先はもちろん、補作の要否及び範囲についての判断に関する記載も全くない。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、当事者間に争いのない事実、前記認定事実及び証人小山正の証言を総合すると、作成委員会の法的性格は、市歌の作成という政策目的を実現するに当たって、可及的に市民の手作りによるのが望ましいとの観点から、広く各方面からの民意を聴取して参考にするための市長の諮問機関であって、それ自体が何らかの行政権限を有するものではないし、その目的は、市長の判断の資料とするために諮問事項について調査検討を行い、意見を提供することにあり、委員会を設置して諮問をした趣旨に徴して、市長には委員会意見を尊重することが期待されているが、市長の行う行為が著しく不合理と認められる特段の事情のない限り、委員会意見に従わないことから直ちに市長の当該行為が財務会計上違法となるものではない。

また、作成委員会の本来的職務には、補作をするかどうか、するとしてその許容範囲はどこまでかといった音楽技法に関する専門的な判断をすることは含まれていなかったものと認めるのが相当である。この点、確かに、入選曲の選定がほぼ終了した時点以降、作成委員会において、市民に広く愛されるよりよい歌を作成しようとの熱意から、特に音楽専門家である原告大島らを中心にして、補作者の選定等についても熱心な議論が交わされ、市側も当初作成委員会の意向を尊重してAに補作を依頼した経緯が認められるが、かかる経緯に照らしても、被告において、作成委員会の推薦したAの補作した旧曲を市の歌として制定すべき義務が生じるものとまで解することはできない(なお、平成五年八月九日の作成委員会においてはAの補作に係る曲の試聴が行われているが、次に認定するとおり、この場で補作が了承されたものではなく、また、原告らは、作成委員会は、同年九月一日に旧曲のカセットテープを試聴し、その内容を了承した上で解散した旨主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。)。

したがって、作成委員会に市の歌の補作についての権限があることを前提に、右権限を無視して再度の補作をするためにされた本件支出は違法であるとの原告らの主張は、採用することができない。

2  次に、被告が、本件委託契約を締結したことが、財務会計上著しく不合理であると認められるような特段の事情があるか否かについて検討するに、〔証拠略〕によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 平成五年八月九日、作成委員会の会場で、A補作に係る曲の楽譜のコピーが各委員に配付され、同曲の録音されたカセットテープが再生されて各委員の試聴に供された際、佐藤達男委員(以下「佐藤」という。)、市場らから、Aの補作曲は原曲に手を加えすぎているとの指摘があったので、小山は、Aに対し、委員の意見に従って補作をし直すように要請し、Aも、再度の検討を約した。

さらに、佐藤は、小山に対し、Aが補作において原曲に手を加えた部分のうち三箇所を具体的に特定して原曲に戻した方がよいと指摘し、その旨Aに伝えるように依頼した。小山は、佐藤が音楽の専門家であったことから、右指摘をAに伝えたところ、Aは、右箇所について原曲に戻す必要はない旨を回答した。

(二) 平成五年八月二〇日、小山は、猪股の自宅に赴き、最優秀曲に選定された原曲が猪股の自作であることの確認書を受け取った際、Aが前記(一)の際に持参した楽譜を猪股にみせ、これが現在補作作業中の楽譜である旨を説明したところ、猪股は、これでは自分の作品の良さが損なわれてしまっている旨の不満を述べた。

(三) 平成五年九月六日、Aから旧曲の楽譜が市に納入されるに際して、元作成委員のうち一一名程が市役所内の会議場に自主的に集まり、小山もこれに同席した。Aは、旧曲を録音したカセットテープを再生し、元作成委員の鑑賞に供したところ、元委員の中からは、原曲の良さが失われている、あるいは、補作というには余りに手を加え過ぎているとの意見が出されたが、市は、市の歌の発表が時間的に間に合わなくなるおそれがあることなどから、旧曲の楽譜を受領した。

(四) 平成五年九月二二日、猪股から市に対して面談の申し入れがあり、当時市総務部長の職にあった米田武司(以下「米田」という。)が応対したところ、猪股は、旧曲は原曲の枢要部分まで含めて大幅に改変しており、自分の曲のイメージ等を壊している旨の苦情を述べた。

(五) 平成五年一一月七日、市の歌等の表彰式と発表会が行われたところ、北川は、受賞者挨拶において、発表された旧曲は自分の歌詞のイメージとは少し違うので、手放しでは喜べない旨の発言をしたほか、市議会議員の内にも、旧曲は市議会議場で聞いた原曲とは異なるのではないかとの批判をする者があった。

(六) 平成五年一一月一六日、市助役及び米田は、市場及び佐藤を市役所に招き、旧曲に対する意見を聞いたところ、右両名は、旧曲は原曲に手を加え過ぎており、Aは作成委員会の委員の意見を軽視していると思う旨述べた。市助役及び米田は、作成委員会が多くの応募曲の中から原曲を選んだ経緯や、広く市民に愛唱される曲を作る必要などから判断すれば、補作をやり直す方が良いとの意見に達し、右意見を被告に報告したところ、被告は、右意見を採用した。

(七) 平成五年一一月二六日、被告は、NHKのテーマ音楽の作成に携わるなど広く作曲家としての技量が認められており、市場からも推薦のあったBに市の歌等の監修・編曲・カセットテープ制作の企画書を作成するよう依頼することにした。右依頼内容中には、「1.市の歌、イメージソングの監修」として、原曲と旧曲とをそれぞれ評価して比較し、親しみのある曲とするための監修を行うこと、必要があれば曲の手直しもあり得るが、その際は市に協議することとの条項があった。

平成六年一月二四日、被告は、B事務所から提出された企画書に基づき、同事務所と本件委託契約を締結することに決したが、右企画書中にも前記条項が盛り込まれていた。

同年二月一五日、被告は、本件委託契約を締結したが、右契約二条一項、別紙委託仕様書にも前記条項が盛り込まれていた。

被告は、本件委託契約締結当時においては、右契約によって、原曲を基本としつつ、旧曲の良い点も残しながら、より大勢の市民に親しまれるような曲ができればよいとの認識を有していた。

(八) その後、Bは、本件委託契約に基づき、旧曲の楽譜に目を通した結果、補作にしては改編箇所が多すぎるため、原曲の音楽的な主張や個性等が損なわれているきらいがあり、補作という概念を越えて改編され過ぎているとの認識を得て、その旨小山らに伝えた。

Bは、猪股と連絡を取りながら補作及び編曲を進め、その内容について猪股の了承を得た上で、新曲の楽譜及びカセットテープ制作を行い、平成六年三月二二日、その成果品を市に納入した。また、北川も、新曲の旋律については納得している。

(九) 小山は、市歌の制作過程においてAが参加したことへの謝意を表する趣旨から、右カセットテープのケース上に「補作曲/A」との表示をするよう指示し、右指示に従った記載のある製品が納入された。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、当事者間に争いのない事実と前記認定事実を総合すると、旧曲については、平成五年九月一五日付けの市報掲載から、例規集登載、制定披露、同年一一月七日の表彰式及び発表会までの経過に照らすと、遅くとも同年一一月七日までには旧曲が市の歌として確定されたとの外形が作出されていることは明らかであるが、市報掲載前の時点で原曲の作曲者である猪股から、表彰式及び発表会の時点では作詞者である北川から相当強い批判が寄せられており、市歌作成委員を含む複数の音楽専門家や市議会議員の中からも原曲の旋律を変更し過ぎているとの意見が出されていたことから、被告は、市の歌として市民の手作りの歌を作るという公募の趣旨及び原曲を最優秀曲と選定した作成委員会の意見を尊重し、再度の補作によってなるべく原曲に近い曲を市の歌として制定し直すために、市の歌として広く住民に定着する前の早い時期に、作曲家としての技量については定評があるBとの間で本件委託契約を締結したものであることが認められるのであるから、右契約の締結が市の歌の制定と関わりのない被告の私的な目的のためのものといえないことはもとより、右契約の締結に財務会計上特段の不合理があるとまで断ずることはできないものというべきである。

これに対し、原告らは、旧曲が一般市民から好感をもたれていたにもかかわらず、被告は個人的判断から本件委託契約を行ったものと主張する。確かに、当事者間に争いのない事実及び〔証拠略〕によれば、平成五年一〇月一六日に市の歌等の制定披露がされた際には、原告大島の指揮の下で市民から公募された合唱団が旧曲を合唱したことなどが認められるが、一方で、既に判示したとおり、原曲の旋律を変更し過ぎたものであるとの批判が各方面から旧曲に対してされていたことも事実であって、かかる事情の下においては、公募によって選定された原曲の趣旨を尊重するべく再度の補作を行うために本件委託契約を締結することもやむを得ないものであって、被告の右契約締結が旧曲に対する被告の個人的な嫌悪感などによるものであると認めることはできないから、この間の経過について作成委員会の委員等の関係者への説明を欠いたことが社会的に相当ではなかったとはいえても、本件委託契約の締結に財務会計上の違法があったということはできない。

二  争点2(費目流用の違法)について

1  原告らは、被告が、新曲は旧曲の旋律を変更したものであるのに、これを編曲した旨の虚偽の表示をしたカセットテープを作成させるために本件委託契約を締結し、右虚偽の表示を真実であるとの説明をして本件支出をさせたものと主張する。そして、本件カセットテープ本体のラベル及び同ケースの各記載からは、録音された曲は旧曲であり、Bは録音された曲の監修及び編曲をしたものと理解することができる。しかしながら、前記認定事実によれば、Bへの本件委託契約の内容には原曲の補作し直しを含むものであったと認められ、カセットテープ本体のラベル及び同ケースにおける「編曲、監修」の記載は企画書のそれを転記し、「補作」の記載は市の歌作成過程においてAに委託した内容を記載したものと認められるから、その用語の使用法に誤りがあり誤解を招きやすいものであったとしても、そのことから本件委託契約が殊更虚偽のカセットテープの作成を企図したものと認めることはできず、また、本件委託契約の趣旨に従った成果品の納入を受けて被告がした本件支出命令も殊更支出担当者を欺罔するものであったと認めるには足りない。

そうすると、新曲が旧曲の改変を含み、それがAの著作権の侵害になると評価される事態が生じた場合には、被告又はBにおいてAの承諾を要し、この承諾がない場合には右侵害状態の違法そのものが問題となることは格別として(なお、〔証拠略〕によれば、本件委託契約に先立って、市は、Aに対して、B事務所に市の歌の監修、編曲を依頼した旨を連絡するなどの措置を講じていることが認められる。)、本件委託契約の締結及び右契約の対価の支出命令に原告らの主張する財務会計上の違法はないということになる。

2  なお、原告らは、右に関連して、違法な費目の流用を主張するので、この点について判断する。

普通地方公共団体の歳出予算は、その目的に従って款項の予算科目に分類され(地方自治法二一六条)、普通地方公共団体の長は、毎会計年度予算を調製して、年度開始前に議会の議決を経なければならない(同法二一一条一項)。そして、普通地方公共団体の長は、予算を議会に提出するときは、各項の内容を明らかにするために、予算に関する説明書を併せて提出するものとされているが、右説明書においては、各項はさらに目節の予算科目に分類される(同法二一一条二項、同法施行令一四四条一項一号、一五〇条一項三号)。また、歳出予算の経費の金額については各款間において相互に流用してはならず、各項間の流用も原則として禁止されるが、例外的に予算の執行上必要がある場合には予算の定めるところによりこれを流用することが許されており(同法二二〇条二項)、目節については流用を禁ずる明確な定めはない。

そうすると、予算科目のうち、議会の議決対象となるのは款項のみであって、普通地方公共団体の長は、予算を執行するに当たり、公益上必要である場合には、原則として、目節間では予算を相互に流用することが許されているものというべきである。ただ、議会に予算審議権を与えた地方自治法の趣旨に照らすと、予算の調製事務を担任する普通地方公共団体の長が(同法一四九条二号)、ある施策に要する経費を、議会の議決を得るときにのみ殊更別の目節の予算科目に計上して、その経費の使途に関して議会に対して虚偽の説明をしたような特段の事情がある場合には、その後に右経費を本来首長において想定していた施策に流用することは、違法となるものと解すべきである。

本件についてこれをみるに、既に判示したとおり、本件支出に当たってされた歳出予算の流用は、同一の目内における節間での流用であって、〔証拠略〕によれば、右流用は、B事務所においてカセットテープ及び楽譜の製作まで一括して行う方が効率的であるとの判断に基づくものであることが認められるし、〔証拠略〕からすれば、右流用には東大和市予算事務規則等に違反するような事実もないものと認められるから、前記のような特段の事情がない限り、適法なものというべきである。また、既に判示したように、被告が本件委託契約の委託料として支出された金員を含む歳出予算の議決を最後に経たのは平成五年九月二日の第三回定例市議会であり、この時点では旧曲すら正式には市に納入されていなかったのであって、被告は、右議決の時点では、予め旧曲の改変のための予算を費目を偽ってまで計上する理由も必要もないから、被告が虚偽の予算説明によって議決を得たものということはできず、他に前記特段の事情を認めることはできない。

したがって、本件支出のための予算流用には、財務会計上の違法はないものというべきである。

三  結論

以上のとおりであるから、本件支出が違法であるとしてされた原告らの請求には理由がないのでいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹田光広 岡田幸人)

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